プロダクション・ノート by 黒川

更新日:2016/7/21

#1 シナリオ作りの旅

2012年の暮core of bellsの山形育弘とシナリオを作り始め、当初はお互いの映画の好みを探ってアダム・サンドラー主演のようなラブコメという話になり、ひとまずプロットができたがシナリオに進めず改稿に改稿を重ね、書きあぐねた2人は2013年の夏、シナリオ・ハンティングと称して紀州・熊野へ18切符の旅。ラブコメそっちのけで神倉神社、花の窟、まないた様など、太古の神々を訪ね、つぼ湯に川湯に湯ノ口と温泉巡り、夜は漁師町の飲食街に繰り出し地元の釣人が釣ってきた蛸を肴に飲んでいると、大阪から逃げて来たという曰く付きのおっさんに気に入られ、おっさんのおごりで居酒屋・スナックをはしご酒、カラオケ歌ってハングオーバー。この時の経験は、はたして映画に活かされたのだろうか?秋になってシナリオは二転三転、今のような話に成ったのが2013年の暮。タイトルは『LOSS TIME before magical night falls』。

#2 これまで何をしてきたのか

2014年キャスティング開始。かねてからミュージシャンののっぽのグーニー=田中淳一郎で映画をと考えていたので主役の中西は即決。続けて宮崎晋太朗、瀬木俊、佐伯美波、赤堀超太郎、只石博紀ら、映画業界とあまり関係のない人たちを積極的に選ぶ。そこへ柴田千紘を投入。『メリーに首ったけ』でキャメロン・ディアスのキャスティングに成功したファレリー兄弟の気分。普通なら顔を合わせることのないメンツが揃って困惑したり驚いたりするのが面白い(とはいえ大島渚監督なんかもとっくにやっている事ではある)。プロの映画女優である柴田さんが意味分かんない淳君を見て爆笑している、そんなリハーサル。

しかし主役の中年男・古賀がなかなか決まらず、脚本を書いた山形がやるか、監督の黒川が自演するかと切羽詰まった頃、映画美学校の今はなき喫煙所で煙草を吸う鈴木卓爾氏を見かける。古賀がいた。が、緊張して声をかけられず。数週間後、再び煙草を吸う鈴木氏。黒川には、それが声をかけられるのを待っている姿に見えたのだった。その頃、氏は『ジョギング渡り鳥』他、数作品が同時進行しており、多忙を理由に一度は断られるもののシナリオを気に入ってくれて急転回。「これを僕がやらなかったらこれまで何をしてきたのか」

#3 水辺の旅 その1

同年ロケハン開始。当初は熊野・岐阜でロケするつもりだった。運転免許のない黒川は知人の制作部を頼るがシナリオをけなされ終わる。プロの人脈を諦め、範囲を狭め、初夏の小田原・佐倉を自転車で廻る。テーマはシナリオにある「沼」を見つけること。生者と死者、生物と無生物、有機物と無機物でごった煮の、生成と破壊の場としての「沼」を探して、印旛沼、相模湖、多摩湖…。さらに近所の豊田、日野、国分寺あたりの水脈を辿るのは愉しかった。「黒川」というのが<水底の黒土まで見えるほど透きとおったきれいな川>を意味すると知り、長年嫌いだった苗字も悪くないと思った。だがカオスとしての「沼」など東京郊外の住宅街に見つけようがなかった。あったら大変である。いや本当は、よく見えないだけであるのかもしれないが。

#4 水辺の旅 その2

小金井には玉川上水・はけの湧水・野川があり、その名は<黄金に値するほどきれいな水が湧く>土地を意味している。晴れた日に野川に沿って自転車を走らせるのは気持ち良いが、住宅と住宅の隙間に川幅の狭い仙川が通っているのも面白い。かつては支流だったろう遊歩道がうねうねとあったり、小さな橋を架けて入る家もあったりして見飽きない。だからこの町に船を浮かべて走らせてもおかしくない。そうするうち水に導かれてどこかに辿り着くこともある。やがて「こがねいロケよび隊」略称「こがロケ」というロケーションサービスの存在を知る。<小金井市に映画のロケを誘致したい>という意味と、にもかかわらず市が運営してくれないので自ら<予備隊>を名乗っている有志の団体なのだという。プロスタッフに見放された自分には他人事と思えなかった。そして「こがロケ」の田村秀美さんと一緒に自転車ロケハンへ。

#5 犬の絵本

シナリオを貰って思い浮かべたのはミュージカル映画『ブリガドーン』、それと絵本『アンジュール』。車から捨てられた犬が主人を求めて町をさまよい、野良犬扱いされて人間から逃げ、また車がやって来てよその子に拾われ去って行く。バンドマンが仲間に車から捨てられる、似ているのはただそれだけだったが、そう思うとそのうち田中淳一郎=中西の顔が段々と犬に見えてきた。そういえば淳君はどこか狼の子供を思わせる、ワイルドだけどチャーミングな顔立ちをしている。さらに彼の意外な身体能力の高さも動物を思わせ、コミカルなアクションものになる期待も出てきた。役者は体力勝負と、撮影前、毎日走り込みをしてくれたのだ。同時期に酒を飲み過ぎて体を壊した脚本家・山形が健康生活にシフトし始めていた事も内容に影響した。『アンジュール』は白血病で亡くなった友人のよねちゃんが、うちに息子が生まれた時くれた絵本。8㎜映画を撮っていた学生の頃、カメラマンをしてくれた友達で、だからこの映画は、撮影直前に死んだ犬のバロンと共によねちゃんに捧げてみた。笑ってくれると期待している。

撮影中、犬と遊ぶ陽太役・宮崎晋太朗。

#6 森の住人

小金井は都内だが都下・武蔵野でもあり、暗い夜道を歩いていると動物が出てきそうな気配がする。メインセットを探して農家の方が所有する貸家を廻っていた自転車ロケハン隊は、ある一件の長屋に辿り着いた。ノックすると猫が出てきてじっとこっちを見ている。猫より犬派の私はちょっとたじろぎやめようかと思っていると若い女の子が出てきた。それが小川梨乃だった。制作会社もつかない、公開の予定もない自主映画の撮影、作る意義を説明するのに骨を折る。猫の目も気になる。が、企画書を見ていたその子が突然、「あ、これ寿岳さん」とカメラマンの名前を呟いた。奇遇にも彼女は本作のカメラマン渡邉寿岳の大学の後輩であり、nashino名義で映像やデザインの仕事もこなすアーティストだったのだ。森で迷っていたら動物に救けられて道が開けてくる。そんな感じ。やがて。いつの間にか小川さんはロケ地提供だけでなく、キャスティング、スタッフィング、美術、衣裳、運転、ごはん、タイトルデザイン、チラシ&ポスターデザインまで担う、この映画のメインスタッフになっていた。動物は森の生活についてなら何でも知っているのだ。おまけに彼女はキャストとして出演もしてくれた。森をさまよう<オールの女>役だ。ちなみに猫の名前は長十郎、だった。

#7 水辺の旅 その3

設定を「沼」から「川」にしてしまうと内容的にかなり変わってしまうから、シナリオを書いた山形君には抵抗があったと思う。悩んだがしかし現場を成立させるため仕方ない。坩堝としての「沼」から流れる「川」へ。シナハンで行った熊野川の水害被災地も思い浮かんだが、実際撮影したのは多摩川中流域と日野〜八王子を流れる浅川、つまりうちの近所…。カメラマンの渡邉寿岳曰く「省エネ撮影」。とはいえ川幅は広く、河原には葦が生い茂り、その中に小屋を建てて生活している人たちもいて、分け入りまた出てくると遠くに街が見える。身近な異空間であり、「境界」の主題としても悪くはない。また、空間的な広がりを得た事で、結果的に風通しの良い映画になったとは思う。後日、小林耕平さんがこの映画のことを「脱中心」という言い方で表現してくれたが、もし脚本通りだったら、「沼」が暗黒の中心、ダークマターになっただろうと想像する。どっちが良かったとは言えない。脚本家には申し訳なかったけど、ただ、あっちの世界はどこにでも偏在していてアクセス可能、みたいにはなった気がする。

#8 ポレポレ東中野の白壁(スクリーン)

内藤正敏さんのモノクロで撮られた写真集『東京』の序文だったと思うんだけど、東京という都市の闇黒の部分にはローカルなものがひしめいている、と。ポレポレ東中野へは新宿から総武線で二駅。レイトショーの時間帯に東中野に近づくと車窓から見える劇場前の暗い坂道。ホームに降りて階段を昇り改札を出また階段を降り…がもどかしく、ひょいとワープしたくなる。見に行くのはローカルな映画、マイナーな映画、僕の先輩方や仲間が監督したピンク映画や自主映画。行けば大抵知り合いに会い、上映後は飲み会という場合も多く、映画人のみならずその周辺の人々、俳優、作家、ミュージシャンらも自然と集まるから、そこで盛り上がって生まれた作品も少なくないだろう。

『VILLAGE ON THE VILLAGE』も、そんな東中野の酒席でcore of bellsの山形育弘に会ったところから始まった。2010年前後かな、当時、彼はポレポレで上映していた映画に主演していたのだが、俳優ではなく、ミュージシャンというのも正確ではなく、アーティストというか作家というか、とにかくシナリオを書いてみたいというので…そして2016年、映画は完成した。昨夜も2人は中野の台北酒場で飲みながら、店のママと侯孝賢監督*の話などしていたが、そういえばいまだに山形君が何者なのか、名刺を作るので今回は「脚本家」になるのだけど、よく分からずにいる。「ありえない」詞を書く奴…主演の田中淳一郎は口癖でよくそう言う。

この映画がポレポレ東中野で上映される事になって、するとまた東中野に人が集まり酒を飲み交わし、またなにか普通じゃありえない人が出会い、ありえないおかしな企画が立ち上がるかもしれない。というか僕はそれを期待している。待ち望んでいる。ここで恐縮ながら、マキノ正博監督/山上伊太郎脚本『浪人街』の名文句をもじって「ポレポレ東中野の白壁にいろはにほへとと書きました」。『VILLAGE ON THE VILLAGE』も東中野界隈で書かれた「いろはにほへと」だと思う。あるいはちょっとした落書き、ガーガーやかましいアヒルとか、気の小さいおとなしいウサギとか、なんかそんなの。

*台湾の巨匠・侯孝賢監督は日本に滞在する時は今でも東中野の隣り駅の新大久保の某安ホテルを常宿にしているそうで、そのホテルは『ミレニアム・マンボ』にも登場する。

(つづく・・・)